テーマ:上杉謙信

上杉謙信《能登守護・畠山家1》

《七尾城》 能登の守護職・畠山義綱は、永禄九年の政変で家臣達に七尾城を追放された。 そして、親戚の近江(滋賀県)の六角氏の元に亡命した。 その後、1968年に上杉謙信と越中・神保長職に依頼して、七尾城の奪還を試みるも失敗した。 そして、畠山氏の家臣の長続連・綱連父子に、滴子・義隆(慶則)とその子・春王丸を誘立され傀儡政権…
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上杉謙信《能登守護・畠山家2》

《七尾城》 亡命中の能登守護・畠山義綱は、その後も六角氏の支援を受けながら、畠山家に付いた長一族の長景連を連絡役として、上杉謙信に七尾城奪還を依頼した。 謙信はそれを受けて、能登守護代・遊佐続光などを内通させ、七尾城を開城させる事に成功した。 残念ながら、義綱の滴男・義隆は既に亡くなっていたが、その子息・春王丸は生存してい…
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上杉謙信《無題》

公僕として生きた武将(謙信など)と、 天下や他領侵略を狙った武将とを、 同じ目線で論じるのは間違っていると思う。
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上杉謙信《観光編》

8月20から21日まで「謙信公祭」が、新潟県上越市で開かれた。 近くの公園では各地の産物の屋台で賑わっていた。 山形県米沢市からは、上杉家の重臣として越後や米沢で活躍した、直江兼続をモチーフにしたゆるキャラ「かねたん」も米沢牛などをPRしていた。 祭では、武田信玄と激突した川中島の戦いなどを再現し、市民や観光客らで賑わった…
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上杉謙信〈義の塩〉

《謙信公の義の塩》 大河ドラマ「風林火山」の時、新潟の県庁などに山梨県から幾人かが来られて、 「謙信公から送られた塩は、今でも感謝していますよ」という意を告げられた。 それで もう十分である。 何を言っても信じたくない人は信じないのである。
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上杉謙信の領国経営〈経済編〉

《謙信公の経済政策》 川中島の戦いや関東への出陣など。京都への二度の上洛での、援助の為の多くの献上金品。 戦国最強と言われた上杉軍を支えた、謙信公の経済政策を記す。 〈鉱山の採掘〉 謙信公の時代、越後では金・銀が採掘出来る山がいくつかあった。金は、西見川金山(佐渡市真野)と高根(鳴海)金山(村上市・旧朝日村)…
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