いい加減にして欲しい②

もういい加減にして欲しい。
謙信公が城を出たのは、引退して仏門に入る為だったし、大体、その時の自筆の手紙が残っているはず。
謙信公は その書状を、林泉寺の恩師で僧侶の天室光育に宛てて書いたはずである。
少し調べれば分かるはずなのに、なんていい加減なんだ。失礼ではないか!
しかも、謙信公は若い頃から京都に赴き、清浄心院の高僧・清胤の弟子になり、『宗心』という名も頂いている。
清胤僧侶と交わした書状も残っているはずだ。
しかも、謙信公は、最終的には阿闍梨権大僧都の地位を授かり出世している。
罰当たりめ!!

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